世の中には今日をいろんな見方をする人がいると思う。中にはこないほうがいいと思ったりもするだろうし、心待ちにする人もいる。中にはすごく大きな決断をしたりする人もいるだろうし、軽い気持ちで同じことをする人もいる。

 まぁ、でもあたしにとっては

「ふんふんふーん♪」

 と、軽く鼻歌を歌っちゃう日。

 悲喜こもごもが生まれる日、バレンタイン。

 さっきも言った通りいろんな人がいろんなことを思う日だけど、あたしはこの数年というか、意識するようになってからほとんど同じように過ごしてる。いつからだったか、美咲には毎年交換し合ってるし、ゆめと仲良くなってからはゆめにもあげてる。あたしにとってはこの二人に喜んでもらうことが一番で、それが今日もできることは嬉しいことだ。

 もちろん、二人からもらうのも最高にうれしいしね。

「ただいま〜」

 今日はゆめが来る予定で来るって言っていた時間に間があったため、ちょっと外に出てたあたしはアクシデントがあったこともあって大分遅めに帰ってきた。

 ゆめがもう来てることを靴で確認したあたしは手洗いうがいを済ませてから、冷蔵庫からチョコを取り出して軽快な足取りで自分の部屋に向かっていく。

(今年はゆめが手作りしてくれるとか言ってたし、楽しみだなっと)

 昔はゆめは面倒とか言ってくれなかったこともあるくらいだし、それを思うと手作りしてくれるのは嬉しい。まぁ、味は美咲のほうがいいだろうけどゆめが手作りしてくれるっていうのがなによりのスパイスだ。

 美咲のは美咲ので一緒に作ったときにすごくおいしかったし。

 あ、でも美咲と一緒に作るとどんなのがもらえるんだろっていうドキドキはなくなっちゃうのはさみしいかな。まぁ、贅沢な悩みだけど。

 なんて、あたしはすでに浮かれた状態で階段をあがって自分の部屋のドアに手をかけた。

「ただいまー」

 とさっきと同じことを言って部屋に入ったあたしは

「……ひっく、ひっぐ」

「へ………?」

 あまりに予想外な光景を目にする。

 二人ともあたしのベッドにいて、ゆめはあたしに背中を向けながら

「……ひぐ……ひっく」

 泣いて、る?

 んでもって美咲は

「………………」

 あたしのことにらんで、ない?

「え、えっと……?」

 ど、どういう状況なんだろ。

 ゆめが泣いてて、美咲が怒ってる?

 あたしはとりあえず、手に持ってたチョコをテーブルに置くとベッドに近づいた。

「……ひぐ」

 ゆめは気づいてないみたいで何度かしゃくりあげるけど、美咲は無言のままゆめとあたしを交互に見つめる。

「ちょ、ちょっとなにゆめのこと泣かしてんの」

 なんでゆめが泣いてるのかも、どんな気持ちで泣いてるのかもわからないあたしは様子を探る意味も込めて軽い気持ちで美咲に問いかけた。

「……よくもまぁ、そんなことが言えるものね」

「へ?」

 今まで怒ってはいてもその理由を表に出してなかった美咲はあたしが話しかけると異様に不機嫌な顔と声でそう言ってきた。

「え、えと………」

 美咲を怒らせる理由にまるで心あたりのないあたしは首をかしげながら

「ね、ねぇ。ゆめどうしたの?」

 とりあえずゆめに状況を尋ねようとしたけど

「…………っ」

 ようやくあたしに気づいたゆめはあたしを見ると一瞬だけ睨みつけてきて、その後

「…………ひぐ」

 ゆめにしては珍しく顔をゆがめてまた泣き出した。

(????)

 い、意味がわかんない。

 なんか二人の態度からしてあたしに怒ってるっぽい気がするんだけど、まるで心当たりはない。

 しかも、ゆめが泣いちゃうようなこと?

  (……………………)

 全然思いつかない。いくら考えてもそのかけらも理由が見当たらない。

「ね、ねぇ……ほんとに、どうした、わけ?」

 わかんないんだから聞くしかないわけで、あたしはまだ話の通じそうな美咲にもう一回問いかけた。

「………ゆめのこと泣かせておいてよくそんなことが言えるわね」

 すると、美咲は異様に不機嫌そうにそう言ってきた。

「は、はぁ!?」

 けれど、あたしとしては意味不明なだけ。

「ちょ、ちょっとそれどういう意味よ」

「そんなことよりずいぶん遅かったけど、どこ行ってたのかしら?」

「は? 本屋行ってくるって言ったじゃん。それとこれと……」

「その割にはずいぶん遅かったって言ってるのよ。しかも、買うものがあるからって言ってたくせに手ぶらっていうのはどういうことかしら?」

「それは………」

 ちょっとしたアクシデントっていうか、一言で説明できることじゃないことが起きたんだけど、それを説明しようかどうか迷っている間にこの沈黙を美咲はあたしにとって不都合にとった。

「言えるわけないわよね」

 それも、最悪な意味で。

「浮気してた、なんて」

「は、はい!?」

 は!? へ? え?

 ただし、あたしはそれにまったく心当たりはない。ないけど、ゆめが泣いていて美咲が珍しく本気で怒っている。

 つまりは本気でそう思われてるってこと?

「ふーん、言い訳もできないなんてよっぽど図星だったってことかしら?」

 あたしが呆然自失としている間に美咲はゆめのことを軽くなでながらあたしに冷めた声をぶつけてくる。

「い、いや、ちょ、ちょっとま、待ってよ! あ、あたしがいつそんなことしたっていうの!?」

「今度はしらばっくれるつもり?」

「だ、だから!」

 いったい何のことなのか本気で見当もつかないんだってば。

「ゆめが見たのよ」

「な、何を」

「あんたが知らない女の子と抱き合ってるところ。来た途端泣きだしながら、ね」

「は、はぁ!? そんなこと………っ…………」

 あるわけないと言い切ろうとしたあたしの脳裏にあることが思い浮かぶ。本屋に向かう途中に起きたアクシデントのことを。

 ただ、この時はそれもまたまずかった。

「ふーん。心当たりがあるみたいね」

 あたしが妙なところで口ごもるもんだから美咲はそう取っちゃうのも無理はない。

「……彩音から直接聞くまでは、何かの間違いかとも思ったけど………ふーん」

 それに………抱き合うっていうところはともかく、二人が知らない女の子を抱きしめたっていうのは事実だし。

 いや、まぁ、抱きしめたわけじゃないんだけど……まぁ、その……

「いや、それすっごい誤解なんだけど」

 あたしはさっきまで何事かと動揺もしてたし焦ってもいたけど、ゆめが見たのがなんだったのかわかってすっかり毒気を抜かれたというか脱力した。

「しらばっくれたと思ったら。今度は言い訳?」

「いや、だから、ゆめが勘違いしてるだけだってば。あれは………」

「……勘違い、じゃ、ない。ひぐ、知らない子のこと抱きしめてた………」

 言い訳というか、事実を伝えようとするのに、美咲は美咲で初めからあたしに冷淡な感じだし、ゆめは初めてまともにしゃべったかと思えば反論されちゃう。

「あぁもう、だからあれは抱きしめてたわけじゃなくて……あぁ、まぁ抱きしめはしたけど」

「………」

「………」

 うっ。二人の目線が厳しくなったね。

 にしても一言一言に何かいちゃもんつけてくるんだから。

 遠まわしに二人があたしを好きって意味だから、それはそれで嬉しいけどいちいち全部を相手にしてたら話が進まないよ。

「えーとね、あれは………」

 ただ、単刀直入に切り出そうとしたあたしの耳に

 ピンポーン

 場を変えるチャイムの音が聞こえてきた。

 

  

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